語源的にも推測できる。たとえば、英語の窓windowの綴りの最初の部分はwind-つまり風で、後半の-owはアイスランド語系の目呪=眼の変形であるから、窓は「風の眼」である。また日本語のマドも最初は「亘戸」と表記されたらしい。つまり日英ともに窓には眼という意味を含んでいるわけで、これは「外を見る」という心理的機能と深く関わっているのではないかと思われる。窓のまったくない壁を「盲壁」と呼ぶのも同じ理由からであろう。
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これを英語でblindwallという慣用表現があるのかどうかは知らないが、blindには「窓のない」という意味は確かにあり、blindstoryと言えば盲人の物語ではなく、ゴシック様式の教会建築の窓のない階のことである。しかし、別にこういう知識がなくても、遠くから見た窓、とくに広い壁にポツンと開いたような小さな窓は、実感として、建物の眼のようにこちらを睨んでいる感じもするではないか。〔盲壁にあたる英語はblankwall(空白の壁)で、この表現は眼とは関係ないものの、窓がない壁を本質の欠如したもの、つまり「壁らしくない壁」の一種と見る観点が含まれているようだ。〕覗き見をしたいというのは、人間なら誰しも持っている本能的欲望で、窓辺に座る楽しみの一つは、その欲望が穏やかに満たされることによるのだ、と言ってもよいだろう。